2004年6月のつぶやき

2004年6月24日(木)

=== どんどん増えてく ===

 ママフェストって、私は勝手にいってますけど、要するに私の「約束」なんです。
 やるっていったら、私はやります。
 報道キャスターをしてきて、中国に留学して、母になって、子どもたちを育ててきた、その経験からいえること、やれることのみ約束するのが「ママフェスト」です。やれないことは、ママフェストには書いていません。

 さて、
 私はいわゆるタレント候補です。
 でも、私は「タレント候補」ですか?

 そう思われるのは仕方がないですが、そう思われてばっかりじゃイヤなので、みなさんに私の思いのたけを伝えたくていつも街頭に出て、思いのたけをお伝えしてきて、お伝えできたと思っています。
 この日記も2万4000件を超えています。
 ありがとうございました。

 明日もまた、街頭でお話していきます。
 この日記を読んでいただけたみなさんにお目にかかれるといいな、と思っています。
 
 今日から小金井にも私の事務所ができました。

 れんほう三多摩事務所 
 184-0004 東京都小金井市本町3-8-10
 電話・ファックス 042-386-1170

 武蔵小金井駅から小金井街道を歩いて北上すること6分のところです。ぜひお立ち寄り下さい。

 来月また、お会いさせて下さい。
 ではでは。

 蓮舫(れんほう)

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2004年6月22日(火)

=== すごい風 ===

 いや〜、今日は暑かったですね〜。
 街頭でお話していると汗びっしょり。昨日は大雨でびっしょり。
 みなさんは大丈夫だったでしょうか。

 私の夫は、昨日の台風で傘を2本ダメにしたとぼやいていました。
 正面から吹きつけてくる大風に傘を向けていると、突然、背中からのものすごい追い風に変わって……、と。

 いい話じゃないの(笑)、と二人で笑っていました。

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2004年6月21日(月)

=== この道はいつかきた道? ===

 党首討論会が行われましたが、今日は私も討論会に参加してきました(発言する方です)。

 私は「ママフェスト」で、子どもたちの安全と安心、私たちの国の安全と安心を訴えていますが、それにはやっぱりイラクでの自衛隊の多国籍軍参加の是非、生活の安心、安定という面での年金問題は避けて通れません。大人や親が自分の生活に不安を持っていると、子どもたちへの影響も大きいですからね。

 政府の決めた年金制度には、国民の7割が不満を持っています。
 多国籍軍への参加は、国民には何の説明もされていません。
 このふたつの問題、多くの人が納得も賛成もしていないんです。

 国民が不満に思う制度を、まやかしの理屈をつけて強要する。
 国民が知らないうちに、よその国で軍隊を動かす。

 昭和の初期、日本の政府は同じようなことをして、国民の財産を失わせ、生活を脅かし、戦争によって私たちの家族をばらばらにしました。
 このときの首相も、とても国民からの人気が高い人でした。

 ごまかしとまやかしの社会制度で生活を脅かされた、国民に黙って海外で実力部隊を動かす。この恐ろしさ、愚かさを、私たち日本人は忘れてはいません。

 討論会では、思いのたけをぶつけてきました。

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2004年6月20日(日)

=== 久々の休日 ===

 今日は久しぶりにお休みをいただきました。私の体調を考えて、スタッフがそうさせてくれたのです。スタッフはもちろん働きづめで、彼ら彼女たちも疲れているに違いありませんが、そのそぶりすら見せず、「蓮ちゃんは休んで」と。ありがたいことです。スタッフには感謝! です。

 義父の葬儀のため佐世保にいっていた夫と子どもたちも午後、帰ってきました。
 お昼を食べ損ねて帰ってきたから、急いで冷やし中華を作ってあげると、あっという間に食べ終わるほどの勢いで食べてくれました。
 子どもたちもたくましくなったな〜、と思いつつ、お皿を片づけていると、ムラムラっと「私も遊びたい!!」モードに。
 そこで、子どもたちと思いっきり遊びました。自転車で公園まで行って、その公園にある3人乗りの自転車に乗ったり、鉄棒の逆上がりを練習したり教えたり、のどが渇いたからおやつ代わりにラムネを飲んだり。

 家に帰ってきて、一緒にお風呂に入って、私と子どもたちとで背中の流し合い。
 お風呂から上がって汗が引くのを待って、近くのレストランにお食事に。

 今日は父の日。子どもたちがそういって、食事に誘い出しました。
 夫にとっては、特別な父の日になったそうです。

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2004年6月18日(金)

=== 公開討論会 ===

 初めて公開討論会に参加してきました。
 各党から9人が出席して、それぞれ7分ずつスピーチ、質疑応答は4分という、実に見事な均等配分の割り振りでした。
 私はイラクの自衛隊の多国籍軍への参加について、年金問題について、子どもたちの安全と安心について、お話しました。
 婦人団体の主催の討論会なのに、女性の出席者が私一人! だもんで、思いっきりお話することができました(笑)。
 終わってから、あ〜スッキリ、疲れもストレスも悲しみも吹っ飛んじゃった、という感じでした。

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2004年6月17日(木)

=== 佐世保へ ===

 今朝、夫の父が亡くなりました。63歳でした。
 夫と子どもたちはお昼ぐらいの、私は最終の長崎便で帰りました。
 長くガンとアルツハイマーと闘ってきた義父は、眠っている間に心臓が止まったそうです。
 苦しむことなく、眠ったまま。

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2004年6月16日(水)

=== スーパーモーニング ===

 今朝、テレビ朝日系列のワイドショー「スーパーモーニング」で、私が取り上げられました(私だけじゃないですけど)。
 銀座の大イベントで演説しているところや、いろんなカットを撮って使ってくれて、ありがたいことです。実は、そのテレビのクルーには何人も知り合いがいて、「おーーー!」って感じで、しばしの間、同窓会のようになりましたが。

 そこでの演説では、
「次の世代の子どもたちを育てることではじめて、日本という国家の根幹が作れなくなります」
「子どもの安全と安心を守ってあげたい」
 そして自分が体験してきたことから、
「東京で子どもを育てながら働くこと、そして子どもをもつという当たり前のことがどれだけ難しいかをよく知っています」
 なぜ難しいか、
「理不尽なことをひとつひとつ解決していきたい」
 という部分が放送されました。

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2004年6月15日(火)

=== 多国籍軍って? ===

 今日は北千住駅前で「朝立ち」して、都内をぐるぐる回って、最後は新小岩駅での街頭演説でした。
 ときどき「やかましい!!!!」と怒鳴られますが、そうでしょうね(笑)。私も以前はそう思わないことはありませんでしたから(笑)。

 で、移動中につらつら考えてましたが、政府はサマワで活動している自衛隊を多国籍軍に参加させる、といっています。
 私は自衛隊による国際貢献を否定はしません。むしろ、適材適所で必要だと思います。
 ですけど、多国籍軍に今のまま参加、となるとちょっとおかしくなるな、と思いませんか?

 多国籍軍が編成されるとなると、指揮権は多国籍軍司令官に移行します(普通は)。
 多国籍軍に参加する部隊は、その指揮権の下にあるわけですね(当然として)。
 トップのいうことを聞かない部隊があれば、全体として危ない軍隊になりますもんね。あるひとつの部隊が暴走したり、怠けたりしても、止めたり叱咤したりすることができなくなりますからね。
 ということは、多国籍軍は、やっぱり一つの指揮権の下におかれなければならないわけです。

 ところが日本政府は、自衛隊の指揮権は日本政府にある、と。
 じゃあ、多国籍軍は実に危ない軍隊となるんじゃないのかな。
 それとも、日本だけ特別に? 勝手な行動を許す?
 日本だけ許すことはできないでしょうから、ほかの国の部隊にも許すでしょうね。
 となると、今イラクにいる各国の部隊による「アメリカとの同盟、関係重視国の連合」状態と何が変わるんでしょうか。
 おまけに、フランスもドイツもロシアも中国も多国籍軍には参加しない方針ですからね。

 国連安保理決議、って何だったのでしょうか。
 それによって「多国籍軍」が編成されるというのは、ホントなの?

 サミットで「参加しまーす!」って大声でいったら、ほかの国から「何に?」と聞かれて、「えっ!」って焦って、小さな声で「多国籍軍……」って答えたら、よその国から「ま、いいんじゃない(日本語でいってるから何いってんのかわかんないし)」、ということだったんでしょうか。

 多国籍軍って、今回の場合はどういうことでしょうか。

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2004年6月14日(月)

=== 銀座大イベントの続報 ===

 昨日の銀座大イベントですが、今日のスポーツ報知、スポーツニッポン、サンケイスポーツ、日刊スポーツさんが記事にしてくれました。ありがとうございました。
 記事によると、結局のべ5,000人のみなさんが銀座の真ん中で私や鳩山由紀夫さんなどの演説を聞き、握手と記念撮影(!)をしていただいた、ということです。

 それからスタッフによると、昨日用意していた私の「ママフェスト」、たった4時間で5,700枚を配りきったということです。
 スタッフの努力に改めて感謝します。

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2004年6月13日(日)

=== 銀座で大イベント ===

 今日は銀座で、午後1時から5時までの大きなイベントを行ないました。

 まず有楽町マリオン前の街頭演説からスタート。40分ほど演説して、銀座4丁目の交差点に移動して、また演説。
 終わったら街宣車をそのまま残して応援に駆けつけてくれた議員さんに演説をしてもらい、私はスタッフたちと歩いて銀座1丁目方向に。途中、カメラやパネルを使ってインタビュー形式で銀座にいらしたみなさんたちと会話。
 1時間ほどでまた4丁目交差点に帰ってきました。その間、鳩山由紀夫さんが演説をしながら私を待っていていただいて、一緒に三度目の演説。
 そして今度は、新橋方面に鳩山さんと歩きながら1時間ほどかけて移動。資生堂の前で、最後の演説。

 応援に来てくださった国会、東京都、各区議会議員のみなさん、ありがとうございました。
 事務所でたった1人で留守番をしてくれたスタッフ、どうもありがとうございました。
 ということで、1人を除く全員のスタッフと、大勢の学生のボランティアスタッフのみなさん、本当にありがとうございました。
 イベントが終わって、取材に来ていただいた記者さんたちから聞いたところによると、この日だけで立ち止まって聞いてくれた方の数は、4000人を超えてただろう、ということでした。

 実は、HPの「GO! GO! れんほう隊」でおわかりのように、私のスタッフは20代から30代の都区会議員さんたちが中心です。こんなに若いスタッフがコアになってやっていくのは、今までになかったことです。
 ですから、すべてが手探り、手作り。この日も朝から雨、お昼近くになって雨が止んで、という天候と、初めての大掛かりなイベント。スタッフの誰もが不安を抱いたままのスタートでしたが、始まってしまえばみんな夢中。声をからし足を棒にして頑張っていただきました。
 彼女たち、彼らがいたから、私は安心して銀座にいるみなさんに私の主張を訴えかけることができました。
 このスタッフは、私の宝物です。

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2004年6月11日(金)

=== 握手! 握手! ===

 昨日は、府中で朝から駅前演説。午後から調布駅、クルマの助手席に乗って三鷹駅へ。
 今日は、朝は町田駅で。

 最近は、いろんな場所での演説に国会議員、都議会議員、市議会議員の先生方が応援にきていただくことが多くなってきました。
 こうした応援演説には「どうせ自分の選挙がらみでしょ」というのが、選挙ではときどき聞こえる話ですが、私の応援にきていただいている議員さんたちは、ホントに私のことを熱心に応援していただいています。中には絶叫調の演説をいていただく方もいらっしゃいます。
 そして議員さんの秘書さんたち、ボランティアの方々、本当にありがとうございます。

 さらにありがたいことは、演説に行く先々で、私や応援の方々のお話を聴いていただき、握手をしていただくみなさんが、どんどんどんどん増えてきたことです。
 ホームページのアクセスが1万件を超えましたが、演説を聞きに、握手をして励ましていただける方の数も、とっても多くなりました。心からありがとうございますといいます。

 そして、遠くから応援していただいているみなさん、ありがとうございます。

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2004年6月10日(木)

=== 10,000件!! ===

 今日の夕方、私のHPのアクセス数が10,000件を突破しました!
 みなさん、ありがとうございます。

 青山事務所のスタッフも、今日から「衣替え」。
 全員スーツを脱いで、赤い「mamafesto 04」ポロシャツを着て、より一体感がましてきました(04は「れい・ふぉー → れんほう」の意味……らしいです。by手塚よしお代議士)。

 これからガーっと寝て(ちょっとお酒のんで)、ガーっと起きて明日からまた、頑張ります!

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2004年6月9日(水)

=== ホッとする話 ===

 夫から聞いたホッとする話です。

 今日の午前中、満員電車に乗っていたそうです。
 地下鉄銀座線に渋谷駅から乗ったら、3歳くらいの女の子を連れたお母さんがちょっと遅れて乗ってきた。ドアに寄り掛かって立っていた夫は、その場所をその母子に譲った(実はこのスペースが一番安全なんです)。

 渋谷駅は始発ですから、車内には余裕があったけれども、次の駅の表参道からは怒濤のように人が乗ってきて、たちまち車内は満員に。 
 すると、その女の子が「こわいよ〜」と泣き出しました。わかります。うちの子たちも「こわい」とおびえていました。子どもの目線からすれば、背の高い大人がびったりくっついて自分を取り囲むんですから、これはおそろしいでしょう。

 泣き出したら、その子の周りにいたサラリーマン、OL、おじさんおばさんは、ちょっとずつ詰めてその女の子の空間を広げてくれた。
 そして、その中の一人の女性が、「こわくないよ〜」と、百面相をしたりして(いわゆる「ヘンナ顔です)、その子をあやしてくれた。女の子は、笑顔を見せるようになりました。

 次の駅でその母子は降り、お母さんはホームで深々とお辞儀を、女の子は「ばいば〜い」と手を振って、乗客と別れました。
 車内、すし詰め満員なのに、なんだかほんわかとして雰囲気になったそうです。
 しかし、その次の駅からまた、普段通りの満員電車に戻っていきましたとさ。

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2004年6月8日(火)

=== お粗末でしょう、井上大臣 ===

 怒りバクハツで眠れません。

 小泉首相は今日、「未成立の法律がずいぶんあるので、(閣僚は)発言に注意して欲しい」と語ったそうですね。
 もちろんこれは、佐世保の小6の女の子が同級生に殺された事件で、井上喜一大臣が
「元気な女性が多くなったのか」
 と無教養な発言をしたことに対しての注意です。

 井上大臣は、この発言を撤回しません。
 井上大臣は、元気な女性が多くなったから、小学校6年生の女の子が、同じクラスの女の子に殺されたんだと、今でも心に固く思っていらっしゃるのです。
 井上大臣は、元気な女性が多くなったから、そんな事件が起きるのも当然なんだ、とはまさか考えてないでしょうが、そんな事件が起こっても不思議はないとは思っているでしょう。

 細田官房長官が「撤回して欲しい」と求めても、井上大臣は撤回しません。

 大臣の無教養な一言だけで、それ辞めろ、とはいいません。
 辞めろとはいいませんが、恥を知れ、とはいいたいです。

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2004年6月7日(月)

=== もう忘れてませんか? ===

 今日もさんざん街頭演説でわめいてきましたが(笑)、年金問題です。
「あ〜、あったねぇ、そんなの」って、もうそんな感じじゃないでしょうね。
 もう忘れてしまったんじゃないでしょうね。

 自分が払ったか払ってないか公表していない人たちが決めた年金制度ですよ。
 政権が変わらなかったら、このまま100年続くと与党は言っている年金制度ですよ。

 忘れてはいけません。

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2004年6月6日(日)

=== 熱い! 渋谷 ===

 今日は渋谷で2時間、街頭演説と「桃太郎」をしてきました。一ヶ所に2時間というのは初めてでした。
「桃太郎」というのは、何かしらを書いた旗を何本も立てながら、町や商店街を練り歩くことで、その格好が童話の桃太郎のイメージにあうことから、そう呼ばれています。
 
 どしゃ降りでした。特に、「私たち」が渋谷にいた2時間が一番激しく雨が降りました。
 それでも、私の演説に足を止めて聞いてくださったみなさんがたくさんいらして、激しい雨と肌寒さもちっとも苦になりません。
 聞いて下さった方々の熱心さもそうですが、今回はスイマセン、一番感動したのはボランティアのスタッフのみなさん方の熱いお手伝いでした。
 
 雨が降っていますから、チラシは配れません。その代わり、自分たちで考えた自分たちのメッセージを、それぞれがみなさんに伝えてくれていました。旗を持って一緒に練り歩いていただきました。
 チラシを配るのでも、とっても恥ずかしく感じる、とっても気後れする作業です。その壁をいつも突破してチラシ配りをしてくれて、その上に自分で声をかけるという……。

 ずぶ濡れです、みんな。
傘をさして立っている私が恥ずかしくなりました。
ボランティアスタッフのみなさん、都議会、区議会議員、秘書のみなさん、本当にありがとうございました。

 冒頭に「私たち」と書いたのは、このためです。
鳥肌が立つほどに一体感があった、熱い渋谷でした。

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2004年6月4日(金)

=== 国立、田無のみなさん ===

 今日は朝から国立駅前、それから青山事務所に取って返して弟が勤める会社の方と会談。弟は私にとってかけがえのないかわいい弟です。

 国立では通勤は7時から8時がラッシュ。都心よりも時間的に早くてみなさん大変なおもいをしながら毎日働いていらっしゃるんですね。
 にもかかわらず、私や末松衆議院議員に気軽にお声をかけていただいたり、激励をたくさんきました。ありがとうございました。

 夕方は、田無駅前。
 これは午後6時からという夕飯の仕度や仕事からの帰宅の時間でしょうけれども、ここでは今までにないくらい、たくさんの方々が立ち止まってお話を聞いていただきました。
 ちょうど年金問題で国会が緊迫感が出てきたからか、熱心に耳を傾け、首肯き、ときには合いの手もいただきました。
 で、そのあとは握手会と撮影会のようなことにもなってしまい(みなさん、携帯電話のカメラで撮っていただけています)、とても楽しい街頭演説となりました。蔵野西東京市議会議員は、「感動的でしたね」とさえいっていただきました。
 田無のみなさんも、ありがとうございました。そして、お手伝いしていただいたボランティアのみなさん、心からありがとう、といわせていただきます。

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2004年6月3日(木)

=== 不満バクハツ! ===

 青山学院大学の先輩で、中田宏横浜市長の後援会事務局長のHさんが青山事務所に激励に来てくださいました。ありがとうございました。

 2年前の市長選挙で、中田さんが圧倒的不利な状況から(直前の新聞調査では「ダブルスコアで負ける」とされていました)どうやって逆転したのか、市長が新しく変わった結果、横浜市はどう変わってきているのか、じっくりとお話いただきました。
 その中で私が特に印象に残った言葉は、

「みなさん、政治に対する欲求不満がたまってますよ」
「だから、ちゃんと街頭に立ってお話をすれば聞いてくれます」
「聞いてないようでいて、ちゃんと聞いてくれています」
「市民や都民は、政治家だけではなくて、自分でできる事は何かを探しています」

「だから、批判やぼんやりとした政策ではなく、自分の主張をはっきり述べて下さい」

 でした。

 やっぱり与党は「年金かさぶた」をはがしましたね。
 私の欲求不満も、バクハツ寸前です。

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2004年6月2日(水)

=== かさぶた年金 ===

 今日は夜8時半過ぎに帰宅。
 子どもたちがまさに寝ようとしていたので、急いで着替えてお化粧を落として、子どもたちのおふとんに一緒に入って、絵本を読み聞かせました。
 読んであげた本は『かさぶたくん』(やぎゅうげんいちろう作 福音館書店)、娘が小学校の図書室から借りてきた本でした。

 男の子がかさぶたをはがそうとしていると、お母さんが「かさぶたはむりにとっちゃダメなのよ」と。
 どうしてとっちゃだめなの? かさぶたって、ついついとりたくなるけど、だけど、かさぶたって何だろう。すりむいたキズのあとにできるし、くつずれでもできるし、あつぼったいのもあるし、紙みたいに薄いさかぶたもある。
 かさぶたって、何でできてるんだろ。お肉かな、紙かな、キズのうんちっていう人もいる。
 かさぶたって、そもそも何でできるんだろ。

 ケガをしたキズにばい菌を寄せ付けないために、新しい皮膚ができるまでのガード役として血が固まってできるのが、かさぶた。
 だから、新しいピンク色の皮膚ができるまで、かさぶたはとってはいけませんよ、というストーリーです。

 私も、なるほどなー、と読みながら思いました。
 子どもたちは、ぐーぐー寝てしまいました。

 明日は、国会で年金問題の採決があるようです。
 今の政府案には国民の7割が反対していますよ。
 今の政府案は、まだまだ納得している人が少ないんですよ。
 かさぶたはついついとりたくなりますが、かさぶたを無理にはがすと、大変なことになりますよ。

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2004年6月1日(火)

=== 小6少女の死 ===

 長崎県の佐世保市で、小学校6年生の少女が同級生に殺されるという事件が起きました。
 まだ詳しいことはわかっていませんが、ニュースによると小学生が同級生を、というのは初めての事件だと警察は語っています。

 佐世保は夫の実家がありますし、義妹の子どもが小学1年生なので心配になって電話をかけてみました。
 佐世保でも詳細はわからないらしいですが、ヘリコプターが何台も飛んでいて、テレビでは関連のニュースを流しっぱなしだとか。
 甥っ子のクラスでは、担任の先生が「悪いことをしないようにね」と何度も何度もいっていたそうです。
 悪いこと、って何だろうか。その先生は、
「いたずらでお友だちの背中を押して転ばせても、そこに石があって頭をぶつけたら、そのお友だちは死んでしまうこともあります」
 と、小学校1年生に教えたそうです。

 なかなか立派な先生だと思います。
 1年生だから事件のことはわからないだろう、死ぬとか死なせるということはわからないだろう、だから、ということではなく、ちゃんと人の命を奪う危険性を教えているのからです。

 私は、小学生からカッターナイフを取り上げる前に、命の大切さを教えることが大事だと思います。
 遊び疲れてぐっすり眠っている私の2人の子たちの寝顔をなでながら、この子たちも自分で自分の安全を守っていかなければいけないんだと、悲しみながら愛おしみながら、そう思いました。