2004年9月のつぶやき

2004年9月28日(火)

小泉改造内閣

 「あの人の発想は我々とは全く違うからな」
 先週末、政治ジャーナリストの岩見隆夫さんに小泉総理の内閣人事の予想を聞くと、苦笑いしながら「まったくよめないな。ただ山崎拓氏は入るだろうな」
とのことでした。
 昨日、発表された小泉改造内閣の面々は確かに、各メディアがが想像する人は入閣していません。その意味での「サプライズ」人事です。
 今朝の朝日新聞は『「うるさ型」外し「使い勝手優先」』との見出しが躍っていますが、確かに郵政民営化に積極的な閣僚ばかりで、総理の言う「踏み絵」をふまえた方々です。
 小泉首相が誕生してからの政界を見ていて、大きく変わったと思うのは、
論争の構図です。これまでは一つのテーマがあれば、与野党で議論が展開され、メディアもその構図を時に詳細に描いてきました。でも、「改革」を旗色に誕生した小泉さんの掲げる道路公団改革や、郵政民営化は、与野党の議論の前に自民党内の議論、自民党対内閣の議論が噴出し、党内不一致ぶりが報道されてきました。旧橋本派に代表されるような派閥瓦解。自民党内の世代間の見識の差。水面下で調整する人材不足などなどが理由でしょうか。
 「使い勝手優先」内閣誕生で、自民党と内閣の確執はますます広がりそうですし、さらに言えば、大統領的な強さを目指しているのか、小泉さんの独断が政府の方向性になっていきそうです。
 議院内閣制の日本で、総理の思いだけが優先する政治に危機感を強く覚えています。
 郵政民営化だけが突出する間にも、イラクの自衛隊派遣を今後どうするのか、憲法改革は、国連の常任理事国入りは、少子化問題は、そして経済はどうするのか。郵政民営化に隠れて、見えない所で私達の生活は今後どうなっていくのか、その「ビジョン力」を欠いた内閣に、私は全く期待しません。
 政治は多方面に、同時進行で進めて行くものと思います。

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2004年9月24日(金)

超党派議員団、中国へ

 9月19日から22日まで、超党派の若手国会議員らで中国の北京市を訪れました。
 河野太郎衆議院議員団長引き入る今回の訪中団は8名で結成。民主党からは馬淵澄夫衆議院議員、手塚よしお衆議院議員、樽井良和衆議院議員と私が参加しました。
 いつまでも残暑の続く日本と違い、北京には爽やかな秋が訪れていました。日中は30度近い日差しが降りそそぐものの、澄み渡った高い空、肌に心地よい風に、「北京秋天」、北京の一番いい季節を懐かしく体感してきました。
 唐国務委員、許全人代常務委員会副委員長、戴外交部副部長ら、政府要人と会談をしたほか、社会科学院の日本担当者や北京大学教授らと日中関係に関するシンポジウムをするなど、駆け足での日程となりました。
 特に「総理の靖国参拝」、「台湾問題」では熱い議論が展開されましたが、中国側は、おそらく、これまで繰り返されたであろう議論の域をなかなか出る事がなく、「台湾との関係を軍事手段に頼る事のない民主主義的手法での解決」を望む、私をふくめた若手の国家議員との間で議論は平行線をたどりました。
 ただ、江沢民氏が共産党軍事委員会主席を辞任したことで、初めて、軍と政府と党を掌握することになった胡錦涛国家主席。78才の江沢民氏から61才の胡錦涛氏への若返りがどのような意味を持って行くのか。同時に、今後どのような日本外交ならびに、台湾への政策を展開するかは注目に値します。
 中国政府の方針を待つだけではなく、日本政府も外交方針をすぐさま現実的な調整をすべき時がきたように思えます。
 輸入も輸出も中国依存度が高まっている反面、アジアカップに代表されるまでもなく、日中国民感情が極めて悪い今、「政冷経熱」をどうやって改善していくのかは、政治の大きな課題です。
 その意味でも、若手国会議員が党派を超えてアジア外交を考え行動していくことの重要さを実感してきました。
 余談ですが、4年後のオリンピックを控えた北京市は、上海に負けないほどの開発が急速に進んでいて、私が留学していた9年前に比べて、街は大きな変貌を遂げていました。
 2車線あった車道は4車線に。高速道路は2本から6本に。故宮を囲むような形の自動車専用道路の環状線は4環路から6環路に整備をされ、高層ビルがバンバン建っていました。
 モダンな街並に変わる一方で、朝夕の渋滞はますますひどくなり、胡同(北京の長屋)はめっきり姿を消し、太極拳が静かに繰り広げられていた公園も、カラフルな健康器具が整備をされるなど、「北京秋天」が似合う風景がどんどんなくなっているのに、少し言葉を失いました。
 「上海に負けませんよ」
 中国の友人が誇らしげに胸を張った時、私は素直にうなずけませんでしたが、経済発展とあわせて北京の景色が「現代化」されるのは、仕方のないことなんでしょうか。少し、残念です。

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2004年9月17日(金)

感じた「怒り」を、政治の場へ

 たくさんの方から、栃木県で起きた事件についてのご意見をいただいています。あまりにも哀しい結末になった今回の事件について、事件直後に思った事を「つぶやき」にも書きました。
 逮捕された下山容疑者の供述から、さらに信じられない惨状も明らかになってきています。
 警察に通報したコンビニエンスストアの店長の善意が何故通じなかったのか。兄弟が暴行を受けていたガソリンスタンドでは、何故、店員が気付かなかったのか。何故、近所の人は兄弟を助けられなかったのか。そして、何故、父親が兄弟を守らなかったのか。児童相談所は、警察は何故、迅速な対応をしなかったのか。
 あまりにも多くの「何故」が頭から離れません。
 同時に、事件現場に同行させられた下山容疑者の子どもがこれからどうなるのかを危惧しています。実の父親が犯した、あまりにも辛い事件を子ども達はどうやって背負っていかされるのかを考えています。
 政治の場では、10月に招集される臨時国会で、10月1日に施行される改正虐待法に足りない部分の議論をすすめるべきだと思いますが、もうひとつ議論をするべきだと考えているのが、児童扶養手当です。
 現行の児童手当は「父母の離婚等により父親と生計を同じくしていない児童が育成される母子家庭等の生活の安定と自立を助け、児童の福祉の増進を図るため」に支給されていますが、児童手当を受けられるのは、母親か、母にかわって児童を養育している者に限られています。ここでは、一人で育てている父親は児童手当を受けられる対象になっていません。現在、どれくらいの父子家庭があるのかわかりませんが、離婚や、両親の死亡などで、子どもを引き取るのが母親と決まっていない今の時代に即した児童手当のあり方も議論すべきと思っています。
 同じ時期に報道され、栃木の事件の容疑者とは対称的なお父さんもいます。
 事件が発覚し、下山容疑者が逮捕された翌日、同じく大きく報道されたのが、長崎県佐世保市で同級生を殺害し保護された11才の少女が児童自立支援組織に送致されるということと、殺害された怜美さんのお父さんの手記です。
 手記にあった「改めて親子や家族の大切さと難しさを感じています」、「子どものすべては理解できないとわかったうえで、理解する努力を続けてください。それぞれの家がそれぞれのやり方で」という言葉の重みを、下山容疑者が受け止められる環境が全くなかったのでしょう。
 残念です。
 この事件で感じた「怒り」を、政治の場で解決していきたい、と強く思っています。
 

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2004年9月15日(水)

辛いです

 昨日から、新聞やテレビを見るのが辛いです。
 栃木県小山市で起きた幼児虐待、そして殺人となった事件が大きく取り上げられているからです。
 今朝は下山容疑者が「2人を橋から落とした」、と供述していたことが報じられました。テレビでは、まだ見つかっていない次男を探す捜査員の様子を詳細にレポートする様子が流されています。

 児童相談所の問題、をどう整理するのか。警察の介入あるいは、相談所との連携の明確化を打ち出すべきでは。各所の責任の所在をあきらかにすることで、虐待防止に向けた積極的な行動をおこさせるようにするべきでは。
 議員として、今すぐにでも調べて行動に移さなければいけないことがあります。
 
 でも、まだ頭が整理できていません。
 2人は、生きたまま橋から落とされた、との供述を聞き思考停止になっています。
 4歳と3歳。自分で考えて危うくない行動をとることが、まだまだできません。
 「危ないよ」と、注意していても、走り出して転んで泣く。興味ひかれることが
たくさんあって動き出すものの、バランスがとれない。自己抑制ができないんです。
 だから、危険を回避するためにも保護者の育児が絶対に必要な年齢です。でも、一方で、自我が目覚め言葉も発達し、自己主張が強くなる時なので、保護者が育児に悩む時でもあります。
 幼児から子どもになろうと成長している大切な時を、この2人はどんな恐怖を味わっていたのでしょうか。幼い兄弟同士で何を感じ、何を話していたのでしょうか。
 
  一般的に、近所の子どもが虐待されていると疑っても、後に、警察に通報したことがわかり、その保護者に何をされるのか、が怖くて電話をできない場合もあります。今回のように、通報が命を救えなかったことで、電話をしても助けることができない、そんな前例にならないことを危惧しています。
 子どもを守るのは、周りの大人の関心が大きいと思います。今回、警察に通報をしたコンビニエンスストアの店長の善意が、水泡に帰したことに、正直、言葉を失っています。

 昼の段階で、まだお兄ちゃんは見つかっていません。
 報道から伝わる絶望的見通しはどうなるんでしょうか。
 
 昨日から重くて辛い気持ちが続いています。

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2004年9月13日(月)

舞い上がった風船のように

 今日は都内のホテルで、臨時の党大会が開かれました。
 代表選挙の立候補者が1人だったことから、党の規約に基づき両院議員総会を開いて、そこでの承認をもって選挙に代えるためです。
 13時から開かれた大会本会議には、党所属の国会議員や地方議会議員、また、党員や支援をしてくださる各種団体の方々が一同に集い、広い会場が人で埋め尽くされ、熱気に包まれながらの開会になりました。
 14時過ぎに中央選管委員長の報告を受け、岡田克也衆議院議員の代表就任を承認するかどうかの問いかけには、会場から万雷の拍手が返され、今日、岡田克也民主党代表が正式に決定しました。
 そして、就任演説。
「野にあって政権交代をしたい、と政治家を続けてきた」
「このチャンスを逃せば政権交代が不可能になる。極めて責任重大」
「次の選挙で政権交代をすることが、私の唯一最大の使命です」
 何度も繰り返された政権交代、という言葉には、国会議員を中心に熱い拍手が送られました。
 民主党は、昨年の総選挙では比例で140万票、自民党を上回り、今回の参議院選挙では同じく比例で400万票も自民党を上回りました。
 反自民票を獲得しただけ、との批判もありますが、この数は単なる批判票だけではない、自民党の政策手段ではなく、今の時代にあった政治を求める確かな変化だと、私は選挙戦を通じて実感しています。
 今回の代表選挙をめぐっては、党内事情が一枚岩ではないなどという記事が新聞を中心に報道されましたが、そのどれもが、真相どころか推測記事に終わっているだけに残念です。
 確かに、世代間闘争、グループの間での論争もあるかもしれませんが、自民党の派閥闘争に比べれば極めて公開された議論であり、政権をとるための正常な論争と認識しています。
 メディア報道を見られて「民主党は大丈夫か」、との思いを聞かされることもありますが、私は今の党内事情はまとまっていると答えています。
 今日のニュース映像を見られることがあれば嬉しいのですが、党大会の最後に代表の立たれる舞台に向かって、大きな白い風船が割れ、中から赤と白の小さな風船がたくさん飛び出してくる、という演出がありました。
 会場に舞い上がったいくつもの風船のように、今日は、民主党にとって華やかなスタートになることを心から願いました。

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2004年9月9日(木)

子どもたちを笑顔で

 「行ってくるねー!」
 同時に声を上げ、元気よく手をふって子ども達は学校に行きました。
 にこやかに学校へ送り出すことができ、今朝の私はホッとしています。
 私の夏休みボケも終わり、規則正しい朝が始まりました。
 どこのご家庭でも同じでしょうか。子どもを学校に送り出す朝は本当に忙しいものです。起こして、食べさせて、着替えさせて、歯磨きをさせ、トイレの確認をして。ただ、それだけなのに、信じられないほど時間が早くたつ。
 時間に追われてイライラするのは、もっぱら親で、子ども達はどこ吹く風。のんびり準備をする姿に、またイライラ。けっきょく、声かけはいつの間にか怒った口調になり、「早くしなさい!」と送り出すことが多かったのですが、笑って送り出そう、と心に誓いました。
 ロシア南部の北オセチア共和国ベスランの学校テロ事件。
 人質となった児童、生徒が体育館につめられ、爆弾や銃で脅される映像が公開されました。
 子どもを亡くされたご両親の号泣する姿も報道されています。
 独立をめぐるテロ、は日本では遠い話しのように聞こえがちですが、学校が舞台になった今回の事件は、子どもを持つ親にとって決して人ごとではなかったのではないでしょうか。
 朝、笑顔で出かけて行った子どもが帰ってこない恐怖。
 私は、子どもを持ってから、子どもを失うかもしれない不安をいつも抱いています。事故、事件にまきこまれるかもしれない。でも、育って、独り立ちをしていく子どもを、乳児のように、いつまでも手の中で守る事はできない矛盾。
 ベスランの事件は、改めて、その不安が増大されました。
 政治家として、日本で同様の事件が起きた時に何をするのか。起きないように何をすべきか、を突きつけられました。
 その答えを探求していくと同時に、家庭でできること。
 夕方に、また同じ笑顔に会えるように願って、せめて、忙しい朝でも子ども達を笑顔で送り出したい。

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2004年9月8日(水)

プロ野球の発展を推進する会

 正直に報告する。
 私は大の野球オンチです。
 セとパの区別もつかない。
 それでも、子どもの時には兄弟3人で三角ベースの草野球を楽しんだり、高校野球の行方に手に汗握ったり、学校の野球部を応援したり、ナイターゲームのテレビ中継を眺めたり、日本シリーズに熱くなる、という消極的ではあるが「野球」は当たり前の文化として私の周りに存在していた。
 「たかが選手」発言にはびっくりした。
 当たり前に存在していた「野球」に、これまでにない関心を持った。(今更なんだけど…)
 連日、日本各地で繰り広げられるファンの行動、その切実な声。
 勇気を持って声をあげ、ストライキ決行も辞さないとする選手の凛とした表情。
 もはや国民運動に展開した一連の動きにたいして、どうして球団オーナーは全く耳を傾けないんだろうか。それどころか、一日も早くオーナー会議を招集して事を決めてしまおう、とするんだろうか。私のように素朴な疑問を抱いている人も多くいると思う。
 昨日、仙谷由人政調会長に誘われ(仙谷さんは超党派の「プロ野球の発展を推進する会」を率いて1リーグ制に反対する行動を起こしています)、東京の日比谷公園の野外音楽堂で開かれた「オーナーよ、ファンの声を聞け」という野球を愛するファンの決起集会に参加した。
 18時過ぎ。台風の影響で蒸し暑い会場にもかかわらず、子ども連れも含め1000人ものファンが集っていた。「ファン無視合併反対」、「ストライキ支持」などのボードを手に「合併反対!」を声にするファンの人々の姿に、思わず胸が熱くなった。
 今日、オーナー会議が開かれるという。
 この場で、ファンを、選手を無視した球団利益優先の予定調和の結果が出るのだろうか。
 メディアでは早くも、ストライキを決行した場合の経済損失なんかが、巨額な数字で報道されつつあるが、問題は経済ではないと思う。ファンが、純粋に野球を見て楽しむ余裕をつぶすかどうかではないんだろうか。スポーツ観戦に余裕がなくなったら、これはつまらない。
 経済を優先し人心が離れる最悪の結果を、日本はバブル経済崩壊後に人々の「心の損失感」で学んでいる。
 同じ轍を踏まないように、ただ願っている。

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2004年9月7日(火)

輸入牛肉

 なんだか唐突に思える人も少なくないんじゃないかな、と思う。
 今朝の朝刊全紙で報道された「米国産牛肉輸入再開」のニュース。
 3年前の9・11事件の前日、日本で始めてのBSE感染牛が見つかった。イギリスでは、「人間に感染することもありえる」と、議会で報告をされているだけにBSE感染牛は、日本で「食の安全」問題を喚起した。問題を受け、日本では3年前の10月から「世界で一番厳しい検査」と言われる全頭検査を実施してきて、これまでに11頭の感染牛を確認し、市場への出荷を抑えることで、その成果をあげてきた。
 そこへ、アメリカでBSE感染牛が発症した。国内消費量の三分の一をまかなう米国産牛肉が輸入禁止処分になったことで、吉野野などの牛肉チェーン店が打撃を受ける様子はメディアで大きく報道され、日本人の牛肉好き、なんかが話題になったことも記憶に新しい。

 全頭検査の日本と、30ヶ月以上の牛を主な対象とした検査方法をとるアメリカ。二国間の間で、安全な牛肉輸入再開の議論は平行線をたどったままだったが、今日、報道されているように、結果は日本が検査対象牛を「20ヶ月以下」にすることで、米国産牛肉の輸入再開に結びつけて行くようだ。

 日米関係が大切なこともわかる。
 でも、「安全」の観点から言うと、政府の方針はズレていないだろうか。
牛の一頭一頭の個体管理をしている日本と違い、アメリカでは、歯の生え方で30ヶ月以上か以下か、を推定するシステムである。その検査方法では、明確に月齢20ヶ月を見極める日本と違い、月齢を見極められないのではないか。同時に、日本で、これまで発見された11頭の感染牛の原因も、まだ解明されていない。にもかかわらず、単に月齢20ヶ月以下の牛に感染牛が見つかっていないから、の説明で輸入再開に結びつける理由があまりにも不透明に思える。
 自国の検査方法を変えてまで、輸入を必要とする米国牛。
 その必要性と、前提となる牛肉の安全性が確保されない見切り発車の輸入再開ならば、いつまでも消費者の「安心」は得られないだろうな、と思う。今しばらく、我が家の食卓に輸入牛肉は並べられない、とも思う。

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2004年9月7日(火)

2冊の本を読んだ

 2冊の本を読んだ。
 新潮賞を受賞し、話題になっている「獄窓記」(山本譲司著、ポプラ社)と、今日発売の「連合赤軍とオウム〜わが内なるアルカイダ〜」(田原総一朗著、集英社)。どちらも手にして一気に読んだ。

 山本譲司さんは、元衆議院議員。今から4年前、写真週刊誌に「秘書名義貸しで2千万円着服疑惑」との見出しで報道されて以降、捜査期間中も「カツラ」や「奥様の高級着物代」に流用、などと極めてスキャンダラスな内容の報道が後を絶たなかった事件だけに、私の記憶にも新しい。「名義貸し」。当時、知人のジャーナリストに聞くと、勤務実態のない政策秘書を雇ったように見せかけ、その給料を他の用途に転用することで国が秘書に払うお金は、税金だから、税金をだまし取った詐欺の疑い、と説明された。「でも、みんなやってるよ」、とも。
 議員、みんながやっている犯罪って何だろう、と思った。
 この「獄窓記」は犯罪者となった著者が、事件に至るまでの経緯、また有罪判決が確定し、刑務所内での詳細な生活模様を描き、自身の思考の変化をつづり、出所するまでを書き出したものである。第三者の記述がないだけに、どこまでが事実なのかはわからいけど言えるのは、当事者本人の話だけに、リアルである。法律を作る仕事の議員が法律を犯す。あってはならないことを行ってしまった山本さんの経験は、私にとって、絶対に守るべき教訓を新たに教えてくれた。さっそく、私の秘書にも必読させよう。

 もう一冊、田原さんの著書も一気に読めるほどに引き込まれた。 

 あの9.11のテロを起こしたアルカイダ。地下鉄サリン事件などを首謀し、実行したオウム真理教。そして、粛正との言葉で仲間を次々に虐殺した連合赤軍。この3つの事件を起こした団体に関わる人々に実に丁寧な取材を重ね、事件がなぜ起こってしまったのか、を浮き彫りにしていく。アルカイダ、オウム、連合赤軍。一見、なんのつながりもなさそうに見える3団体だが、こっち側からあっち側に踏み込んで事件を起こし、人命を奪ったことは共通している。なぜ、あっち側に行ってしまったのか。彼ら、彼女らが求めている変化、革命は何だったのかをひもとくことで「国家」の脆弱さが見えてくる。年齢、性別、育った環境。読者によって見えてくるものが違う。

 この作品には、国のあり方を突きつけられた。

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2004年9月3日(金)

新学期。夏休みボケはどっち?

 一分一秒と時間に追われる朝が始まった。
 長かった子どもたちの夏休みが終わり、学校が始まったんです。

 起きなさい、着替えなさい、早くご飯を食べて、歯はみがいたのか、トイレは行ったか。同じかけ声を二人にかけ続ける。5分でご飯を食べ終え、すでにオモチャで遊んでいる息子を怒る。一方でいつまでも口の中で咀嚼している娘に怒る。

 そんなうちに、時間はたっていく。気がつけばバスに乗る時間が迫っている。

 「行くわよー!」

 息子は焦って、大事なカードをバラバラ落とした。
 「帰ってきて片付けるから、ぜったいに捨てないでね…」
 ガッシュベルだか、ポケモンだか、遊戯王だか、私には区別のつかないカードを大事にしている息子は半べそでカバンをかけて出て行く。

 「ママ、行ってくるね」

 呑気にトイレからでてくる娘に、「まだいたの?!」、と呆れながらバス停まで送る。並んだ二人を見て気がついた。娘は帽子を忘れている。

 「バス、止めておいてー」

 猛ダッシュで家に帰り、娘の制帽を取って戻った。言われたようにバスを止めている娘に帽子を渡して気がついた。

 定期券、まだ買ってなかった…。

 行きと帰りのバス代をワラワワと渡して、せわしなく二人を送った。
 バスに乗っていた同級生とにこやかに話し、私のほうを見向きもしない子ども達であったが、夏休みボケが抜けていないのは、子どもより母である私であった。