大人像

今朝の新聞の社会面に、こんなニュースが小さく掲載されていました。
記事は、茨城県取手市で、小学校5年と6年の男子児童が図書館の駐輪場で盗みをした男を追いかけて、逮捕につながったという内容です。
逮捕された容疑者は、駐輪場に止めてあった男子児童の自転車の前かごから財布を盗み、図書館の窓からその行為を発見した男子児童と友達が男を追いかけ取り囲んだところで、図書館職員の通報で駆けつけた署員に取り押さえられ逮捕につながったと報道されています。財布に入っていたお金は120円でした。
子どもたちのお手柄、と受け止める一方で、この子どもたちは、逮捕された男を通じて「大人」をどういうふうに見ていくのかが気になりました。見ていないので断言できませんが、小学校高学年男子の自転車はおそらく「ママチャリ」ではなく、子ども用のものではないでしょうか。その前かごに入っているお財布を盗って逃げようとした大人、子ども10人で取り囲めば逮捕された大人は、子どもたちの目にどのように映ったのでしょうか。

以前、聖路加病院の日野原重明先生の講演を聞いた時、胸に残った言葉がありました。
「この国には今、子ども達のモデルになれる大人がいない」
先生は、子どもたちは理想とする大人像を見て自分の夢を作るが、日本の政治家、官僚、警察、学校の先生などなど、悪い事をするニュースが多すぎると言いました。子どもたちが将来なりたい職業は、プロ野球やサッカーの選手、お花屋さん、パン屋さんなど毎年決まっていて、弁護士や外交官、医師、ボランテイィアなど多様な職業が出てこないのは、子どもたちのモデル像になる大人が少ないことが大きな原因だと言われました。
胸に残ったというより、胸に刺さった言葉だったのですが、このお話を聞いてから、まだまだモデルにはなれないけれども、子どもたちが「政治家」を目指したいと思えるような政治活動をしたいと思っています。

取手市の子どもたちが、歪んだ大人像を持たないでほしいと思いました。

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