2006年9月のつぶやき

2006年9月29日(金)
安倍総理の所信表明演説
昨日、拓殖大学で開かれた「現役政治家による連続講座」で90分、話をさせていただきました。
政府の少子化対策の不備、少子化がもたらす問題点や求められる教育像、民主党の政策などについて話をさせていただき、最後には民主党の政権戦略やアジア外交などについての質問をいただき意見交換をしました。講座の後に何人かのかたから「メディアで伝えられないことが多い」、「民主党が対案を出しているのを知りませんでした」という声もかけていただきました。参加者はおよそ120人。その多くが一般の方々の参加でしたが、みなさん、とても前向きで、学びたいという意識を強く持っていらっしゃる姿勢が伝わってきました。
教育、とは子どもだけのものではなく、生涯学習はどうやって提供をしていくのか。学びたい、という声にどうやって応えていくのかも政治に求められる教育改革だと実感しました。
ところで、今日、安倍総理が国会で所信表明演説を行いました。「筋肉質な政府」を目指す(どんな政府なんでしょうか…)総理は、教育基本法案の早期成立を期し、公教育の再生をする、と言われましたが、具体的にどうやって再生していくのかは明らかにしていません。
来週から、衆議院予算委員会、そして続いて参議院の予算委員会が開かれていくことになりますが、「教育」についての総理の理念、「改革」についての具体的行程を明確に話してほしいと思います。
2006年9月28日(木)
文教科学委員になりました
今朝の朝刊各紙で安倍内閣支持率が報道されています。各紙によっていくらか差異はありますが、平均して60%台後半の支持率がマークされています。小泉氏、細川氏に続いての歴代3位の数字は、内閣発足直後のご祝儀相場と言われる方もいますが、私も「意外に高いな」と思ったのが率直な感想です。
明日には新総理の所信表明演説が行われ、来週は各党による代表質問が予定されています。これまで「靖国神社参拝」への信念、「再チャレンジ」を必要とする社会を作り出した要因、「教育改革」の具体的な中身については語ってこなかった安倍総理が、自身の言葉で何を語るのか、非常に興味があります。
この臨時国会では、文教科学委員会の理事に就任することになりました。
戦後改正されたことのない日本国教育基本法をどのように改正し、子ども達にどういった公教育を等しく保障していくのか。日本の教育の理念をどのように掲げるのか。親の収入によって広がる子どもが受けられる教育格差を是正するにはどうすればいいのか。「教育」は単に法律を改正すれば正されるものではありません。国民の立場にたった広い視点による深い議論が必要とされます。
今朝の世論調査によれば、安倍政権に求める政策課題において「教育」と応えた方の割合は必ずしも高くありません。実際に子どもを育てている保護者にとっては喫緊の課題ですが、子どもを育てる保護者人口が減少するのに比例し、増加しているご高齢者にとっては社会保障への関心が高く、現役世代にとっては税と保険料の負担増への意識や雇用問題への関心が高いのも当然の結果とは思いますが、次世代を担う子ども達を育てる「教育」の重要さをもっともっと広めていくべきと考えます。
安倍総理は、教育基本法の改正をこの国会のなかで実現したいと発言されています。でも、わずか2ヶ月半の国会会期の中で、国民的議論を巻き込んだ審議が可能とは思えません。教育改革は与党の数の力で押し切るものではない、との思いをもって、文教科学委員会での審議に臨んでいきます。
2006年9月27日(水)
フラガール
今、上映されている「フラガール」を観てきました。
本当に面白い素晴らしい作品です。
舞台は炭坑の町、福島県いわき市。時代は昭和40年。「黒いダイヤ」と言われた石炭に代わって石油の需要が増す日本では、当時、全国各地の炭坑で閉山が行われていました。映画の舞台、いわき市も例外ではなく規模の縮小に伴う炭坑労働者の首切りに、衰退していく地場産業に悩まされています。「フラガール」は、産炭地での雇用を創出するために、また、坑道から吹き出す温泉の活用策として「日本のハワイ」をうたった「常磐ハワイアンセンター」が設立されるまでの物語です。男女を問わず、仕事は炭坑労働者という選択肢しかない町で、炭坑労働者の娘がフラダンスを習い、一人前のプロになっていくという実話を元にした物語です。
ぜひ、映画を観てもらいたいので、これ以上は書きませんが、この作品には、当時の日本の時代背景から、父親を絶対とした家族像、都会と地方の人々の意識の違い、これまでに「ない」ものを造り上げていく力、『人間の強さ』を強く感じるものがありました。日本人の底力を実感する、と言っても過言ではない映画です。
富司純子さん、岸部一徳さん、松雪泰子さん、豊川悦司さん。そして、若い女優の方々。出演している俳優の魅力が存分に活かされていて、スクリーンに思わず引き込まれます。
近いうちに子どもを連れてまた、観に行こうと思っています。上映される映画館が限られていますが、ぜひぜひ、観てもらいたいお勧めの作品です。
ところで、私にとって「常磐ハワイアンセンター」というのは馴染みのある施設ですが、我が秘書の柳ヶ瀬くん(31才)と森村くん(27才)は、
「は?常磐ハワイアンセンター???」
「え?日本のハワイ??」
とのリアクション。場所などを説明すると
「あー!スパリゾートハワイアンですね!」
だと。ちょっとショックです。
2006年9月26日(火)
的外れな批判
昨日、自民党の幹事長に就任をされた中川氏が会見で言いました。
「ばらまき、その場しのぎ、つまみ食いの政策で抵抗勢力の結集」と、大変強い口調で民主党の批判をされました。
年金制度を「100年安心」と言いながら、社会保険庁の不祥事はそのままに、また年金未納率をかさ上げするという粉飾決算もそのままにしていながら、「高齢者の増加」を理由に保険料値上げを厚生年金加入者に押し付けたのは、「その場しのぎ」ではないのでしょうか。
福井日銀総裁の村上ファンド投資問題に関しては、国会閉会中という理由で与野党国対委員長会談にさえ応じなかった姿勢は「その場しのぎ」ではないのでしょうか。
年金、医療、介護。社会保障制度に障害者福祉。「自己責任」という名のもとに自己負担率を押し上げたのは自民党です。自己負担を強いらなければいけなくなったのは、国民1人あたり647万円、総額にして827兆円の借金によって国の財政が圧迫されているからです。その借金を積み上げてきたのは「ばらまき政治」を行ってきた与党ではないでしょうか。
私たちは、与党への抵抗のために政策を立案しているのではありません。
昨日、党の代表に再任された小沢代表は言います。
「政治は生活」
政治は生活を守るためにあるのです。国民の安全のために政策を作っていくのが政治です。
その原点から見ると、中川幹事長の批判はまったく的外れであると言わざるをえません。
2006年9月25日(月)
補欠選挙があります
毎週末ごとに、神奈川県の厚木、相模原、伊勢原に通っています。
自民党の総裁が決まったことで、長い長い閉会期間も終わり、ようやく今週から国会が始まります。しばらくは組閣等が話題になると思われますが、実は来月には大阪と神奈川の2つの選挙区で衆議院議員の補欠選挙が予定されています。党所属の国会議員は分担をし、それぞれの選挙区に応援に出かける日々を送っていますが、残念ながら、補選が予定されていることさえ知らない方が多いのが現状です。
組織が脆弱と言われる民主党は、これまで低投票率の補選は連戦連敗をしてきましたが、小沢代表が就任した最初の千葉での補選は、太田和美さんを当選させることが出来ました。太田さんが勝った理由は様々分析できますが、中でも大きかったのは、広がる一方の生活格差を是正してほしい、という国民の声だったと思います。
実際、介護保険法改正で負担増のご高齢者、障害者自立支援法(実態は自立阻害)改正で障害者の負担増、定率減税廃止で住民税の負担増、年金の老齢者控除廃止による所得税の負担増、介護保険料に医療保険料の負担増等々で、大変な痛みを被っている方々から「悲鳴」に近い声をいただいています。小泉総理の言われる「改革」は国民に痛みだけを押し付け、個々の自己責任というのは、政治の責任逃れだったと思っています。
教育改革と再チャレンジを掲げる安倍総裁は、この格差が広がる現実にどのような対策を講じるかについて言及していません。
秋に予定される補欠選挙。480もの定数のうち、たった2議席を選ぶものかもしれませんが、その声は政治を大きく動かす原動力になるものと確信しています。
2006年9月22日(金)
国旗・国歌
2003年に東京都教育委員会が、入学式や卒業式で教職員が国旗に向かい起立をし、国歌を斉唱するようにとの通達を出しました。この通達が出された後に、式典等で起立をしなかったことなどを理由に、都立高校の教職員345人が懲戒処分を受けたことを不服として、「通達や都教育委員会の指導は、思想•良心の自由を保障した憲法に違反をする」として訴訟を起こしていましたが、昨日、東京地裁は「通達は憲法違反」との判決を下しました。
都の通達は、99年に成立した「国旗国歌法」を受けて出されたものですが、この法律制定時の国会での政府側の答弁は「教育現場では強制をしない」というものだったことを考えると、国旗に向かい起立をしない、国歌を斉唱しない教職員は処罰をする、通達は義務だという都教育委員会の姿勢は誤っている、との司法判断は説得力を持つと考えます。
今回の判決を受け入れるという内容の社説を掲げた朝日新聞と、判決自体がおかしいとする内容の掲載した読売新聞の社説の対比に興味深いものがありますが、まだまだ賛否両論があるこの問題を子ども達はどのように受け止めるのでしょうか。生徒の目に、式典での先生の態度はどのように映るのでしょうか。
先生の言うことを守るもの、と教えられているにもかかわらず、式典では先生が校長先生の言うことを守らないのはおかしい、だから自分も先生の言うことを聞かないでもいい、と映るか。それとも、尊敬をしている先生が、自身の信条を貫いた結果、処分をされてしまうのは、学校という体制自体への不信感につながるのでしょうか。
判決では、日の丸と君が代について「明治時代から終戦まで、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられ、国旗、国歌と規定された現在でも国民の間で中立的な価値が認められたとはいえない」と判断をしています。
戦前、戦中、戦後、そして、平成生まれ。生まれ育った時代によって、国旗•国歌の価値感に大きな開きがあるのも事実です。大正生まれの私の祖母は「皇室アルバム」を正座をして見ていて、国歌を共に口ずさんでいましたが、戦後教育を受けた母にはその姿勢はなかったように記憶をしています。私の子ども時代、最も国旗に触れるのは祝日で、どの家にも玄関先に国旗を掲げているのが当たり前の風景で、国の祝日なんだと自然に受け止めて育ちましたが、今や祝日に国旗を掲げるお宅は少なく、私の子ども達は先日の「敬老の日」に、バスに国旗が掲げられているのを見て「ママ、今日はどこかでサッカーの大会とかあるの?」と聞いてきました。平成生まれの子どもにとっての国旗はスポーツとつながっているんだな、と思ったところです。
どのような思い入れがあるにせよ、日本の国旗国歌には敬意を表するものだと思いますが、そうした「思い」は自然に心の中に培われるという環境が大切です。今回の判決で問われた「式典での国旗への起立、国歌斉唱は義務」というように「強制」することが、次の世代に国を愛する心を芽生えさせるとは思えません。
新しい総理大臣が「教育改革」を掲げています。法案に「愛国心」を書き入れることだけが「改革」というのではなく、どういう教育を行えば、日本に生まれ育つ子ども達に、この国を愛する気持ちを芽生えさせるのか、という視点に立ってほしいと思います。
私たちは野党ではありますが、教育改革への法案準備、審議への準備は出来ています。
2006年9月21日(木)
教育改革
昨日誕生した安倍自民党新総裁。
『教育改革』を最優先と掲げたのが大変印象的ですが、新総理がどれだけ指導力を持って教育を変えていこうとしているのか。変えようとしている教育の中身がまだ見えてこないのが残念です。
教育改革とは、「愛国心」という言葉を盛り込むかどうか、という審議議論ではなく、日本の公教育のあり方をどうやって見直し、育っていく子ども達にどのような教育を国が責任を持って伝えていけるのかが問われています。
現行の公教育において、一番の問題は「責任の所在」があいまいなことです。
学習内容や教科書の中身は文部科学省が決めて、先生の採用や人事は都道府県。学校の設置と管理は市町村。こうしたトップダウン式の教育体制が続けられているから、いざ、校内で問題があった時には、教育委員会と文部科学省で責任の押し付け合いになると考えます。先の国会で日本国教育基本法案を作成した民主党では、「学校主権の確立」と「国の最終責任」を明確化するとしています。さらに、義務教育は無料とはいえ、塾に通えるかどうかで広がる子どもの学力格差。親の収入によって受けられる教育の格差を是正するために公教育を充実させるに充分な大幅な財源確保を訴えています。
夜、遅い時間に塾の鞄を背負って家に帰る子ども達をよく見かけます。知人の子どもは、夕方に学校から帰宅をすると軽食を取らせ、菓子パンを持たせて塾に送り出し、子どもが家に帰ってくるのは10時過ぎ、と言います。
「公立の学力だと心配だから」
多くの保護者が感じる不安だと思います。でも、子どもの食事や睡眠時間、思い切り遊ぶ時間を削ってまで勉強を押し付けたい、と考える保護者はいない、と考えます。
国が責任を持つ教育とは、子どもの学力だけではなく、家族との食事や共に過ごす時間、自然と触れる経験など、勉強以外の「時間」を保障してあげられるようなものにしたいと思います。
安倍新総裁は、臨時国会の中で教育基本法を改正したいと話していますが、その改正内容が子どもの立場にたったものなのかどうか、が大きな論点になると考えます。
2006年9月20日(水)
具体的な政策を
自民党の新しい総裁に安倍衆議院議員が選出をされました。
各テレビ局の特番では、人事はどうなるのか、という話題が取り上げられていますが、人事とあわせてより大切なのは「政策」はどうなるのか、です。
新総理がこの国をどのようにしたいのか。著書「美しい国」からは、明確なビジョンを読み取ることはできないのですが、『再チャレンジ』政策だけは明確に掲げています。ただ、今の日本社会には、チャレンジさえできない方々も増えています。新総理はどうやって政策的救済措置を取られるのでしょうか。
例えば、去年成立した「障害者自立支援法」。この法律によって障害者は、障害の度合いにかかわらず、一律に医療費の1割負担、福祉サービスの1割負担、施設の使用料1割負担が課せられることになった結果、「働きたい」と就労支援の施設に通っていた方が、その利用料が払えずに施設に通えなくなるケース。障害者年金だけでは医療費が払えずに病院に行くことをあきらめざるをえないケース、障害児の通園費用が数倍に引き上げられることになったケースなど、とても、「自立」とは言えない事態が引き起こされています。
今日開かれた民主党のネクスト内閣の会議では、障害者の定率1割負担の軽減、就労支援等工賃を支払う施設の利用料の無料化などを盛り込んだ改正案を提出することを決めました。再チャレンジどころか、障害を持つ方々がチャレンジする機会を奪っているのは、新総理が官房長官時代に成立した法律です。
他にも、今年度から公的年金等控除が縮小をされました。あわせて、老年者控除が廃止され、その結果、住民税、所得税、国民健康保険料、介護保険料が引き上げられ、ご高齢者の負担は相当重くなり、中には住民税が一気に10倍になったという方もいます。年金に関しては、高齢化が進み現役世代の負担が大きくなったことから、世代間の公平性をかんがみて、65才以上の優遇策を見直した、と政府は言いますが、社会保険庁の無策を正すのではなく、高齢者の控除や税金で補填しようとする政策は国民に納得してもらえるものでしょうか。所得を増やす手段の少ない高齢者の税、保険料負担を増やしておいて、どうやって再チャレンジをしてほしいと言うのでしょうか。
安倍新総裁が、小泉内閣の重要閣僚を担当されている間に決められた政策、法律は格差を広げてきました。再チャレンジを掲げるのであれば、具体的政策にも積極的に言及をしてほしいと思います。
2006年9月19日(火)
プレゼント
昨日は敬老の日。
子ども達は、同居している私の母にプレゼントをしたい、とお小遣いを持って買い物に。
「私は一生残るもの!」(娘)
「ぼくはお花。バラがいい!」(息子)
センスもそれぞれです。
雑貨屋さんで娘が選んだのは、蓋が付いた銀の小物入れ。「ピアスを入れられる!」と喜んで買っています。(祖母がいつもピアスをしているのを、よく見てます。さすが!)あわせて、彼女は、手作りの飛び出るカードを作りました。覗き見をすると、書いてある言葉は『長生きしてね』。思わずホロッとしました。
さて、息子。どうしてバラなのか、と聞くと「豪華だから」。どこで覚えたのかなかなか洒落た発言です。一緒にお花屋さんに行って早速、バラを探すと、なんと1本325円。息子は値札の前で計算しています。「えーと、325円が二本で、600いくらだ?」。(3桁の暗算はまだ出来ない…)。
「ママ!信じられないほど高い!」
店内に響く大きな訴え…。(相当恥ずかしかった)
結局は、バラの横にあった、鮮やかなオレンジ色のミニバラを選びました。値段も少しお得だし、一本の茎に数本の花とつぼみが付いているので、豪華に見えます。お財布からお金を大切に取り出して会計をする息子が言いました。
「喜んでくれるかな」
自分たちのお小遣いで、自分たちが選んだプレゼントで「感謝」の気持ちを表すことが出来るようになったなぁ、と素直に感動したのも束の間でした。
プレゼントを渡して、祖母が大喜びした後、二人が言った言葉です。
「あのね。本屋さんで欲しいものがあるの!」
おねだりもまた、上手なのでした。
2006年9月16日(土)
アグリツーリズム   〜その3〜
農業振興のためにイタリアで取り入れられたアグリツーリズム。
サッカーの中田選手が活躍をし滞在をしてたペルージャ市のあるウンブリア州では、州の人口が85万人に対し、年間でウンブリア州にあるアグリツーリズムを利用する観光客は約70万人で、その成長率は年間7%を超えているのです。
話を聞いた州政府の人が言うには、第二次世界大戦以降、イタリアでは工業化が進んだ結果、農業が衰退してきたことに国家が危機感を持ち、「農業を発展させることが、国を守ることにつながる」として農業振興策を強力に推進してきたということでした。それも、ただ単に農家を補助金で守るのではなく、農業以外の収入減としての「宿泊業」を認め、政府が保護をするのではく、農家自身が自立したあり方とは何かを模索してきています。
私たち、民主党の観光政策推進調査会のメンバーが訪れたアグリツーリズム農家は、宿泊施設の外観は全て自然にとけ込む造りになっていて、施設の中身は暖炉などを組み込み、昔ながらの「田舎」を演出していましたが、実は、上下水道、電気が完備するもので、市内のホテルに劣らない使いやすさ。宿泊施設のみならず、地元の食材を使った食事にワイン。文化的レクリエーションの選択肢の多さを体験すると、もう一度訪れたいと思わせる「リゾート」施設なのです。
アグリツーリズムを訪れるお客さんは、最低1週間から予約をされると聞きました。施設もさることながら、イタリア人、ヨーロッパ人の「休み」の取り方の意識も日本と大きく違います。例えば、イタリアの小学生は夏休みが3ヶ月!。家族で旅行に出かける期間がたっぷりあるのです。
緑の党の環境委員会副委員長は、イタリアでは、観光業が多様性のあるオファーを提供できるように努めてきたこと、休暇法などの充実で、その観光を存分に楽しんでもらえるように「政治」が休みを利用しやすい環境を整備してきたことなどを話してくれました。
今回のイタリア視察では多くのことを学びましたが、工業化を進めながらも農業を推進してきたイタリアと違い、工業化、経済成長と引き換えに今や食料自給率が40%となってしまった日本で、どうやって農業を振興していくのかが政治につきつけられた大きな課題であると実感しました。
もちろん、ヨーロッパにおけるアグリツーリズムの波をそのまま導入するには、日本の耕地面積から考えても無理があるかもしれませんが、日本の水田、畑、農家の人々の生活を守るためにも「観光」という視点から、政策で活性化を促していくことは十分に可能だと思っています。
帰国後、調査会のメンバーで観光政策の法案を作成しています。秋に開かれる国会で与野党で議論し、形にしたいと思っています。
余談ですが、緑の党の環境委員会副委員長が言われた言葉があります。日本とイタリアがお互いそれぞれから学ぶものがある、それは
「イタリア人は日本人の信頼性を学び、日本人はイタリア人の『夢を見る力』を学んでほしい」
とても心に響いた言葉です。
2006年9月15日(金)
アグリツーリズム   〜その2〜
イタリアに行かれた方ならご存知でしょうが、イタリア人の胃袋の大きさには驚かされました。前菜にサラダに生ハムにサラミ、パスタに肉料理に濃厚なデザート。白ワインに赤ワイン、デザートワインにグラッパ。ランチでさえも2時間はかかり、ディナーにいたっては3時間!。しかも、アグリツーリズムの食材はその地域、農家でとれた新鮮な食材がつかわれていて、パンを1つとっても涙が出るほど美味しいのです。自分の胃袋の小ささがどんなに悔やまれたことか。アグリツーリズムを行っている農家では、その収穫物を販売もしています。その場にいかないと購入することが出来ないことから、わざわざ買いに、またリピーターとして何度も宿泊に来るお客さんが多いと聞きました。確かに、トスカーナ州とウンブリア州のオリーブオイル、生ハム、ワイン等は味が全く違うのです。
EU、イタリア国家、各州からの補助金を受け、農業従事者だけが始めることができるアグリツーリズムは、今、イタリア国内で約1000件の農家が認定を受けています。全体で約2万件の農家があることを考えれば、その割合は5%ほどですが、アグリツーリズムを行いたいという声は日に日に高まっています。
あるアグリ農家で見せていただいた写真。10年前、農業だけを行っていた時には納屋も畑も荒れていたものが、今では、素敵な宿泊施設にオリーブ畑にブドウ畑になっています。
「アグリツーリズムを始めて、農業に誇りを持てた」
印象的な言葉でした。
イタリアでは、日本と同じように、農家の若者が都市へ出て行ってしまい村が過疎化するという現象。加えて、EUに加盟したことからヨーロッパ中から安価な食材が国内に流入するようになり、国内農家の保護は国家の課題となっていました。そこで、見直され強化されてきた政策が「アグリツーリズム推進」。
最低20haの森があること、最低5haの畑があること、レストランを併設するなら家畜を飼っていること、ベッド数は30床以下、農業収益が農家収入の51%を割らないこと、などなど細やかに厳しい制限が法律で課せられていますが、農家にとっての最大の魅力は「天候によらない現金収入があること」、そして、国家にとっては農業振興を促進できること。
アグリツーリズムの推進がどれくらい成長につながるのかは、また明日お伝えします。
2006年9月14日(木)
アグリツーリズム   〜その1〜
見渡す限りに広がる小麦畑。牧羊の羊が群れをなす間を自転車でサイクリング。宿舎に戻ると、自家製のチーズ、生ハムに冷えたワインでランチをとる。午後は、プールで読書を楽しんだり、料理教室でその地域の特色ある食べ物の作り方を教えてもらうなど、自然に囲まれた空間で自由な時間を満喫する。
イタリアで1965年から始まったアグリツーリズムは、農家が経営する家庭的でいながら、宿泊者のプライバシーが守られるリゾート宿泊施設で、ここで食べる食材のほとんどはその農家やその地域で収穫されるというもの。人々は、最低一週間は家族でのんびりバカンスを楽しむという休みのあり方をとる。
もともとは、農業の収益性を高めるために始まった動きだったものが、国が「アグリツーリズム国家関連法」を定め、各州が特定関連各法規を制定するなど、国をあげてその振興に取り組んだところ、今ではイタリア国内で約1000件の農家がアグリツーリズム農家に認定をされ、農業に従事すると同時に、宿泊施設、レストラン、キャンプ施設、文化的体験活動レクリエーションを行っています。
アグリツーリズムを行えるのは農業従事者に限られ、年間所得において農業収益が51%を割ってはいけないことや(宿泊関連収益は全体の49%以下に抑えなければいけない)、施設やレストランで提供する食材の履歴に関しても、海外からの輸入品が厳しく制限されるなど、あくまでイタリア農家の価値を高め、農業を強化するための細かな業務内容が法律や条例で定められています。農業を保護するためにアグリツーリズムを導入する動きは、今ではヨーロッパ全体に広がっていて、EUからの補助金も支給され、その動きを後押ししています。
今回、民主党の観光政策推進調査会のメンバーでイタリアに視察に行ってきた主な理由は、アグリツーリズムとは何か、農業振興はどれくらい行われているのか、休暇制度はどうなっているのか。ヨーロッパの人々の休みの取り方はどういうものか、ということを学んできました。
ミラノからフィレンツェ、シエナにアッシジ、ペルージャにローマ、をバスで移動しながら、アグリツーリズム農家を視察。文字通り駆け足の旅ではありましたが、「食」への思い入れ、「休み」の概念がイタリア人と日本人では大きく違いがあることを身をもって知ってきました。
(続きは明日)

2006年9月29日(金)
安倍総理の所信表明演説
昨日、拓殖大学で開かれた「現役政治家による連続講座」で90分、話をさせていただきました。 政府の少子化対策の不備、少子化がもたらす問題点や求められる教育像、民主党の政策などについて話をさせていただき、最後には民主党の政権戦略やアジア外交などについての質問をいただき意見交換をしました。講座の後に何人かのかたから「メディアで伝えられないことが多い」、「民主党が対案を出しているのを知りませんでした」という声もかけていただきました。参加者はおよそ120人。その多くが一般の方々の参加でしたが、みなさん、とても前向きで、学びたいという意識を強く持っていらっしゃる姿勢が伝わってきました。 教育、とは子どもだけのものではなく、生涯学習はどうやって提供をしていくのか。学びたい、という声にどうやって応えていくのかも政治に求められる教育改革だと実感しました。 ところで、今日、安倍総理が国会で所信表明演説を行いました。「筋肉質な政府」を目指す(どんな政府なんでしょうか…)総理は、教育基本法案の早期成立を期し、公教育の再生をする、と言われましたが、具体的にどうやって再生していくのかは明らかにしていません。 来週から、衆議院予算委員会、そして続いて参議院の予算委員会が開かれていくことになりますが、「教育」についての総理の理念、「改革」についての具体的行程を明確に話してほしいと思います。
2006年9月28日(木)
文教科学委員になりました
今朝の朝刊各紙で安倍内閣支持率が報道されています。各紙によっていくらか差異はありますが、平均して60%台後半の支持率がマークされています。小泉氏、細川氏に続いての歴代3位の数字は、内閣発足直後のご祝儀相場と言われる方もいますが、私も「意外に高いな」と思ったのが率直な感想です。 明日には新総理の所信表明演説が行われ、来週は各党による代表質問が予定されています。これまで「靖国神社参拝」への信念、「再チャレンジ」を必要とする社会を作り出した要因、「教育改革」の具体的な中身については語ってこなかった安倍総理が、自身の言葉で何を語るのか、非常に興味があります。 この臨時国会では、文教科学委員会の理事に就任することになりました。 戦後改正されたことのない日本国教育基本法をどのように改正し、子ども達にどういった公教育を等しく保障していくのか。日本の教育の理念をどのように掲げるのか。親の収入によって広がる子どもが受けられる教育格差を是正するにはどうすればいいのか。「教育」は単に法律を改正すれば正されるものではありません。国民の立場にたった広い視点による深い議論が必要とされます。 今朝の世論調査によれば、安倍政権に求める政策課題において「教育」と応えた方の割合は必ずしも高くありません。実際に子どもを育てている保護者にとっては喫緊の課題ですが、子どもを育てる保護者人口が減少するのに比例し、増加しているご高齢者にとっては社会保障への関心が高く、現役世代にとっては税と保険料の負担増への意識や雇用問題への関心が高いのも当然の結果とは思いますが、次世代を担う子ども達を育てる「教育」の重要さをもっともっと広めていくべきと考えます。 安倍総理は、教育基本法の改正をこの国会のなかで実現したいと発言されています。でも、わずか2ヶ月半の国会会期の中で、国民的議論を巻き込んだ審議が可能とは思えません。教育改革は与党の数の力で押し切るものではない、との思いをもって、文教科学委員会での審議に臨んでいきます。
2006年9月27日(水)
フラガール
今、上映されている「フラガール」を観てきました。 本当に面白い素晴らしい作品です。 舞台は炭坑の町、福島県いわき市。時代は昭和40年。「黒いダイヤ」と言われた石炭に代わって石油の需要が増す日本では、当時、全国各地の炭坑で閉山が行われていました。映画の舞台、いわき市も例外ではなく規模の縮小に伴う炭坑労働者の首切りに、衰退していく地場産業に悩まされています。「フラガール」は、産炭地での雇用を創出するために、また、坑道から吹き出す温泉の活用策として「日本のハワイ」をうたった「常磐ハワイアンセンター」が設立されるまでの物語です。男女を問わず、仕事は炭坑労働者という選択肢しかない町で、炭坑労働者の娘がフラダンスを習い、一人前のプロになっていくという実話を元にした物語です。 ぜひ、映画を観てもらいたいので、これ以上は書きませんが、この作品には、当時の日本の時代背景から、父親を絶対とした家族像、都会と地方の人々の意識の違い、これまでに「ない」ものを造り上げていく力、『人間の強さ』を強く感じるものがありました。日本人の底力を実感する、と言っても過言ではない映画です。 富司純子さん、岸部一徳さん、松雪泰子さん、豊川悦司さん。そして、若い女優の方々。出演している俳優の魅力が存分に活かされていて、スクリーンに思わず引き込まれます。 近いうちに子どもを連れてまた、観に行こうと思っています。上映される映画館が限られていますが、ぜひぜひ、観てもらいたいお勧めの作品です。 ところで、私にとって「常磐ハワイアンセンター」というのは馴染みのある施設ですが、我が秘書の柳ヶ瀬くん(31才)と森村くん(27才)は、「は?常磐ハワイアンセンター???」「え?日本のハワイ??」 とのリアクション。場所などを説明すると「あー!スパリゾートハワイアンですね!」 だと。ちょっとショックです。

2006年9月26日(火)
的外れな批判
昨日、自民党の幹事長に就任をされた中川氏が会見で言いました。「ばらまき、その場しのぎ、つまみ食いの政策で抵抗勢力の結集」と、大変強い口調で民主党の批判をされました。 年金制度を「100年安心」と言いながら、社会保険庁の不祥事はそのままに、また年金未納率をかさ上げするという粉飾決算もそのままにしていながら、「高齢者の増加」を理由に保険料値上げを厚生年金加入者に押し付けたのは、「その場しのぎ」ではないのでしょうか。 福井日銀総裁の村上ファンド投資問題に関しては、国会閉会中という理由で与野党国対委員長会談にさえ応じなかった姿勢は「その場しのぎ」ではないのでしょうか。 年金、医療、介護。社会保障制度に障害者福祉。「自己責任」という名のもとに自己負担率を押し上げたのは自民党です。自己負担を強いらなければいけなくなったのは、国民1人あたり647万円、総額にして827兆円の借金によって国の財政が圧迫されているからです。その借金を積み上げてきたのは「ばらまき政治」を行ってきた与党ではないでしょうか。 私たちは、与党への抵抗のために政策を立案しているのではありません。 昨日、党の代表に再任された小沢代表は言います。「政治は生活」 政治は生活を守るためにあるのです。国民の安全のために政策を作っていくのが政治です。 その原点から見ると、中川幹事長の批判はまったく的外れであると言わざるをえません。

2006年9月25日(月)
補欠選挙があります
毎週末ごとに、神奈川県の厚木、相模原、伊勢原に通っています。 自民党の総裁が決まったことで、長い長い閉会期間も終わり、ようやく今週から国会が始まります。しばらくは組閣等が話題になると思われますが、実は来月には大阪と神奈川の2つの選挙区で衆議院議員の補欠選挙が予定されています。党所属の国会議員は分担をし、それぞれの選挙区に応援に出かける日々を送っていますが、残念ながら、補選が予定されていることさえ知らない方が多いのが現状です。 組織が脆弱と言われる民主党は、これまで低投票率の補選は連戦連敗をしてきましたが、小沢代表が就任した最初の千葉での補選は、太田和美さんを当選させることが出来ました。太田さんが勝った理由は様々分析できますが、中でも大きかったのは、広がる一方の生活格差を是正してほしい、という国民の声だったと思います。 実際、介護保険法改正で負担増のご高齢者、障害者自立支援法(実態は自立阻害)改正で障害者の負担増、定率減税廃止で住民税の負担増、年金の老齢者控除廃止による所得税の負担増、介護保険料に医療保険料の負担増等々で、大変な痛みを被っている方々から「悲鳴」に近い声をいただいています。小泉総理の言われる「改革」は国民に痛みだけを押し付け、個々の自己責任というのは、政治の責任逃れだったと思っています。 教育改革と再チャレンジを掲げる安倍総裁は、この格差が広がる現実にどのような対策を講じるかについて言及していません。 秋に予定される補欠選挙。480もの定数のうち、たった2議席を選ぶものかもしれませんが、その声は政治を大きく動かす原動力になるものと確信しています。

2006年9月22日(金)
国旗・国歌
2003年に東京都教育委員会が、入学式や卒業式で教職員が国旗に向かい起立をし、国歌を斉唱するようにとの通達を出しました。この通達が出された後に、式典等で起立をしなかったことなどを理由に、都立高校の教職員345人が懲戒処分を受けたことを不服として、「通達や都教育委員会の指導は、思想良心の自由を保障した憲法に違反をする」として訴訟を起こしていましたが、昨日、東京地裁は「通達は憲法違反」との判決を下しました。 都の通達は、99年に成立した「国旗国歌法」を受けて出されたものですが、この法律制定時の国会での政府側の答弁は「教育現場では強制をしない」というものだったことを考えると、国旗に向かい起立をしない、国歌を斉唱しない教職員は処罰をする、通達は義務だという都教育委員会の姿勢は誤っている、との司法判断は説得力を持つと考えます。 今回の判決を受け入れるという内容の社説を掲げた朝日新聞と、判決自体がおかしいとする内容の掲載した読売新聞の社説の対比に興味深いものがありますが、まだまだ賛否両論があるこの問題を子ども達はどのように受け止めるのでしょうか。生徒の目に、式典での先生の態度はどのように映るのでしょうか。 先生の言うことを守るもの、と教えられているにもかかわらず、式典では先生が校長先生の言うことを守らないのはおかしい、だから自分も先生の言うことを聞かないでもいい、と映るか。それとも、尊敬をしている先生が、自身の信条を貫いた結果、処分をされてしまうのは、学校という体制自体への不信感につながるのでしょうか。 判決では、日の丸と君が代について「明治時代から終戦まで、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられ、国旗、国歌と規定された現在でも国民の間で中立的な価値が認められたとはいえない」と判断をしています。 戦前、戦中、戦後、そして、平成生まれ。生まれ育った時代によって、国旗国歌の価値感に大きな開きがあるのも事実です。大正生まれの私の祖母は「皇室アルバム」を正座をして見ていて、国歌を共に口ずさんでいましたが、戦後教育を受けた母にはその姿勢はなかったように記憶をしています。私の子ども時代、最も国旗に触れるのは祝日で、どの家にも玄関先に国旗を掲げているのが当たり前の風景で、国の祝日なんだと自然に受け止めて育ちましたが、今や祝日に国旗を掲げるお宅は少なく、私の子ども達は先日の「敬老の日」に、バスに国旗が掲げられているのを見て「ママ、今日はどこかでサッカーの大会とかあるの?」と聞いてきました。平成生まれの子どもにとっての国旗はスポーツとつながっているんだな、と思ったところです。 どのような思い入れがあるにせよ、日本の国旗国歌には敬意を表するものだと思いますが、そうした「思い」は自然に心の中に培われるという環境が大切です。今回の判決で問われた「式典での国旗への起立、国歌斉唱は義務」というように「強制」することが、次の世代に国を愛する心を芽生えさせるとは思えません。 新しい総理大臣が「教育改革」を掲げています。法案に「愛国心」を書き入れることだけが「改革」というのではなく、どういう教育を行えば、日本に生まれ育つ子ども達に、この国を愛する気持ちを芽生えさせるのか、という視点に立ってほしいと思います。 私たちは野党ではありますが、教育改革への法案準備、審議への準備は出来ています。

2006年9月21日(木)
教育改革
昨日誕生した安倍自民党新総裁。 『教育改革』を最優先と掲げたのが大変印象的ですが、新総理がどれだけ指導力を持って教育を変えていこうとしているのか。変えようとしている教育の中身がまだ見えてこないのが残念です。 教育改革とは、「愛国心」という言葉を盛り込むかどうか、という審議議論ではなく、日本の公教育のあり方をどうやって見直し、育っていく子ども達にどのような教育を国が責任を持って伝えていけるのかが問われています。 現行の公教育において、一番の問題は「責任の所在」があいまいなことです。 学習内容や教科書の中身は文部科学省が決めて、先生の採用や人事は都道府県。学校の設置と管理は市町村。こうしたトップダウン式の教育体制が続けられているから、いざ、校内で問題があった時には、教育委員会と文部科学省で責任の押し付け合いになると考えます。先の国会で日本国教育基本法案を作成した民主党では、「学校主権の確立」と「国の最終責任」を明確化するとしています。さらに、義務教育は無料とはいえ、塾に通えるかどうかで広がる子どもの学力格差。親の収入によって受けられる教育の格差を是正するために公教育を充実させるに充分な大幅な財源確保を訴えています。 夜、遅い時間に塾の鞄を背負って家に帰る子ども達をよく見かけます。知人の子どもは、夕方に学校から帰宅をすると軽食を取らせ、菓子パンを持たせて塾に送り出し、子どもが家に帰ってくるのは10時過ぎ、と言います。「公立の学力だと心配だから」 多くの保護者が感じる不安だと思います。でも、子どもの食事や睡眠時間、思い切り遊ぶ時間を削ってまで勉強を押し付けたい、と考える保護者はいない、と考えます。 国が責任を持つ教育とは、子どもの学力だけではなく、家族との食事や共に過ごす時間、自然と触れる経験など、勉強以外の「時間」を保障してあげられるようなものにしたいと思います。 安倍新総裁は、臨時国会の中で教育基本法を改正したいと話していますが、その改正内容が子どもの立場にたったものなのかどうか、が大きな論点になると考えます。

2006年9月20日(水)
具体的な政策を
自民党の新しい総裁に安倍衆議院議員が選出をされました。 各テレビ局の特番では、人事はどうなるのか、という話題が取り上げられていますが、人事とあわせてより大切なのは「政策」はどうなるのか、です。 新総理がこの国をどのようにしたいのか。著書「美しい国」からは、明確なビジョンを読み取ることはできないのですが、『再チャレンジ』政策だけは明確に掲げています。ただ、今の日本社会には、チャレンジさえできない方々も増えています。新総理はどうやって政策的救済措置を取られるのでしょうか。 例えば、去年成立した「障害者自立支援法」。この法律によって障害者は、障害の度合いにかかわらず、一律に医療費の1割負担、福祉サービスの1割負担、施設の使用料1割負担が課せられることになった結果、「働きたい」と就労支援の施設に通っていた方が、その利用料が払えずに施設に通えなくなるケース。障害者年金だけでは医療費が払えずに病院に行くことをあきらめざるをえないケース、障害児の通園費用が数倍に引き上げられることになったケースなど、とても、「自立」とは言えない事態が引き起こされています。 今日開かれた民主党のネクスト内閣の会議では、障害者の定率1割負担の軽減、就労支援等工賃を支払う施設の利用料の無料化などを盛り込んだ改正案を提出することを決めました。再チャレンジどころか、障害を持つ方々がチャレンジする機会を奪っているのは、新総理が官房長官時代に成立した法律です。  他にも、今年度から公的年金等控除が縮小をされました。あわせて、老年者控除が廃止され、その結果、住民税、所得税、国民健康保険料、介護保険料が引き上げられ、ご高齢者の負担は相当重くなり、中には住民税が一気に10倍になったという方もいます。年金に関しては、高齢化が進み現役世代の負担が大きくなったことから、世代間の公平性をかんがみて、65才以上の優遇策を見直した、と政府は言いますが、社会保険庁の無策を正すのではなく、高齢者の控除や税金で補填しようとする政策は国民に納得してもらえるものでしょうか。所得を増やす手段の少ない高齢者の税、保険料負担を増やしておいて、どうやって再チャレンジをしてほしいと言うのでしょうか。 安倍新総裁が、小泉内閣の重要閣僚を担当されている間に決められた政策、法律は格差を広げてきました。再チャレンジを掲げるのであれば、具体的政策にも積極的に言及をしてほしいと思います。

2006年9月19日(火)
プレゼント
昨日は敬老の日。 子ども達は、同居している私の母にプレゼントをしたい、とお小遣いを持って買い物に。「私は一生残るもの!」(娘)「ぼくはお花。バラがいい!」(息子) センスもそれぞれです。 雑貨屋さんで娘が選んだのは、蓋が付いた銀の小物入れ。「ピアスを入れられる!」と喜んで買っています。(祖母がいつもピアスをしているのを、よく見てます。さすが!)あわせて、彼女は、手作りの飛び出るカードを作りました。覗き見をすると、書いてある言葉は『長生きしてね』。思わずホロッとしました。 さて、息子。どうしてバラなのか、と聞くと「豪華だから」。どこで覚えたのかなかなか洒落た発言です。一緒にお花屋さんに行って早速、バラを探すと、なんと1本325円。息子は値札の前で計算しています。「えーと、325円が二本で、600いくらだ?」。(3桁の暗算はまだ出来ない…)。「ママ!信じられないほど高い!」 店内に響く大きな訴え…。(相当恥ずかしかった) 結局は、バラの横にあった、鮮やかなオレンジ色のミニバラを選びました。値段も少しお得だし、一本の茎に数本の花とつぼみが付いているので、豪華に見えます。お財布からお金を大切に取り出して会計をする息子が言いました。「喜んでくれるかな」 自分たちのお小遣いで、自分たちが選んだプレゼントで「感謝」の気持ちを表すことが出来るようになったなぁ、と素直に感動したのも束の間でした。 プレゼントを渡して、祖母が大喜びした後、二人が言った言葉です。「あのね。本屋さんで欲しいものがあるの!」 おねだりもまた、上手なのでした。

2006年9月16日(土)
アグリツーリズム   〜その3〜
農業振興のためにイタリアで取り入れられたアグリツーリズム。 サッカーの中田選手が活躍をし滞在をしてたペルージャ市のあるウンブリア州では、州の人口が85万人に対し、年間でウンブリア州にあるアグリツーリズムを利用する観光客は約70万人で、その成長率は年間7%を超えているのです。 話を聞いた州政府の人が言うには、第二次世界大戦以降、イタリアでは工業化が進んだ結果、農業が衰退してきたことに国家が危機感を持ち、「農業を発展させることが、国を守ることにつながる」として農業振興策を強力に推進してきたということでした。それも、ただ単に農家を補助金で守るのではなく、農業以外の収入減としての「宿泊業」を認め、政府が保護をするのではく、農家自身が自立したあり方とは何かを模索してきています。 私たち、民主党の観光政策推進調査会のメンバーが訪れたアグリツーリズム農家は、宿泊施設の外観は全て自然にとけ込む造りになっていて、施設の中身は暖炉などを組み込み、昔ながらの「田舎」を演出していましたが、実は、上下水道、電気が完備するもので、市内のホテルに劣らない使いやすさ。宿泊施設のみならず、地元の食材を使った食事にワイン。文化的レクリエーションの選択肢の多さを体験すると、もう一度訪れたいと思わせる「リゾート」施設なのです。 アグリツーリズムを訪れるお客さんは、最低1週間から予約をされると聞きました。施設もさることながら、イタリア人、ヨーロッパ人の「休み」の取り方の意識も日本と大きく違います。例えば、イタリアの小学生は夏休みが3ヶ月!。家族で旅行に出かける期間がたっぷりあるのです。 緑の党の環境委員会副委員長は、イタリアでは、観光業が多様性のあるオファーを提供できるように努めてきたこと、休暇法などの充実で、その観光を存分に楽しんでもらえるように「政治」が休みを利用しやすい環境を整備してきたことなどを話してくれました。 今回のイタリア視察では多くのことを学びましたが、工業化を進めながらも農業を推進してきたイタリアと違い、工業化、経済成長と引き換えに今や食料自給率が40%となってしまった日本で、どうやって農業を振興していくのかが政治につきつけられた大きな課題であると実感しました。 もちろん、ヨーロッパにおけるアグリツーリズムの波をそのまま導入するには、日本の耕地面積から考えても無理があるかもしれませんが、日本の水田、畑、農家の人々の生活を守るためにも「観光」という視点から、政策で活性化を促していくことは十分に可能だと思っています。 帰国後、調査会のメンバーで観光政策の法案を作成しています。秋に開かれる国会で与野党で議論し、形にしたいと思っています。 余談ですが、緑の党の環境委員会副委員長が言われた言葉があります。日本とイタリアがお互いそれぞれから学ぶものがある、それは「イタリア人は日本人の信頼性を学び、日本人はイタリア人の『夢を見る力』を学んでほしい」 とても心に響いた言葉です。

2006年9月15日(金)
アグリツーリズム   〜その2〜
イタリアに行かれた方ならご存知でしょうが、イタリア人の胃袋の大きさには驚かされました。前菜にサラダに生ハムにサラミ、パスタに肉料理に濃厚なデザート。白ワインに赤ワイン、デザートワインにグラッパ。ランチでさえも2時間はかかり、ディナーにいたっては3時間!。しかも、アグリツーリズムの食材はその地域、農家でとれた新鮮な食材がつかわれていて、パンを1つとっても涙が出るほど美味しいのです。自分の胃袋の小ささがどんなに悔やまれたことか。アグリツーリズムを行っている農家では、その収穫物を販売もしています。その場にいかないと購入することが出来ないことから、わざわざ買いに、またリピーターとして何度も宿泊に来るお客さんが多いと聞きました。確かに、トスカーナ州とウンブリア州のオリーブオイル、生ハム、ワイン等は味が全く違うのです。 EU、イタリア国家、各州からの補助金を受け、農業従事者だけが始めることができるアグリツーリズムは、今、イタリア国内で約1000件の農家が認定を受けています。全体で約2万件の農家があることを考えれば、その割合は5%ほどですが、アグリツーリズムを行いたいという声は日に日に高まっています。 あるアグリ農家で見せていただいた写真。10年前、農業だけを行っていた時には納屋も畑も荒れていたものが、今では、素敵な宿泊施設にオリーブ畑にブドウ畑になっています。「アグリツーリズムを始めて、農業に誇りを持てた」 印象的な言葉でした。 イタリアでは、日本と同じように、農家の若者が都市へ出て行ってしまい村が過疎化するという現象。加えて、EUに加盟したことからヨーロッパ中から安価な食材が国内に流入するようになり、国内農家の保護は国家の課題となっていました。そこで、見直され強化されてきた政策が「アグリツーリズム推進」。 最低20haの森があること、最低5haの畑があること、レストランを併設するなら家畜を飼っていること、ベッド数は30床以下、農業収益が農家収入の51%を割らないこと、などなど細やかに厳しい制限が法律で課せられていますが、農家にとっての最大の魅力は「天候によらない現金収入があること」、そして、国家にとっては農業振興を促進できること。 アグリツーリズムの推進がどれくらい成長につながるのかは、また明日お伝えします。

2006年9月14日(木)
アグリツーリズム   〜その1〜
見渡す限りに広がる小麦畑。牧羊の羊が群れをなす間を自転車でサイクリング。宿舎に戻ると、自家製のチーズ、生ハムに冷えたワインでランチをとる。午後は、プールで読書を楽しんだり、料理教室でその地域の特色ある食べ物の作り方を教えてもらうなど、自然に囲まれた空間で自由な時間を満喫する。 イタリアで1965年から始まったアグリツーリズムは、農家が経営する家庭的でいながら、宿泊者のプライバシーが守られるリゾート宿泊施設で、ここで食べる食材のほとんどはその農家やその地域で収穫されるというもの。人々は、最低一週間は家族でのんびりバカンスを楽しむという休みのあり方をとる。 もともとは、農業の収益性を高めるために始まった動きだったものが、国が「アグリツーリズム国家関連法」を定め、各州が特定関連各法規を制定するなど、国をあげてその振興に取り組んだところ、今ではイタリア国内で約1000件の農家がアグリツーリズム農家に認定をされ、農業に従事すると同時に、宿泊施設、レストラン、キャンプ施設、文化的体験活動レクリエーションを行っています。 アグリツーリズムを行えるのは農業従事者に限られ、年間所得において農業収益が51%を割ってはいけないことや(宿泊関連収益は全体の49%以下に抑えなければいけない)、施設やレストランで提供する食材の履歴に関しても、海外からの輸入品が厳しく制限されるなど、あくまでイタリア農家の価値を高め、農業を強化するための細かな業務内容が法律や条例で定められています。農業を保護するためにアグリツーリズムを導入する動きは、今ではヨーロッパ全体に広がっていて、EUからの補助金も支給され、その動きを後押ししています。 今回、民主党の観光政策推進調査会のメンバーでイタリアに視察に行ってきた主な理由は、アグリツーリズムとは何か、農業振興はどれくらい行われているのか、休暇制度はどうなっているのか。ヨーロッパの人々の休みの取り方はどういうものか、ということを学んできました。 ミラノからフィレンツェ、シエナにアッシジ、ペルージャにローマ、をバスで移動しながら、アグリツーリズム農家を視察。文字通り駆け足の旅ではありましたが、「食」への思い入れ、「休み」の概念がイタリア人と日本人では大きく違いがあることを身をもって知ってきました。 (続きは明日)

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